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| 祖父が創業しました弊社は、三代にわたり伝統工法の木造住宅を手がけてまいりました。日本古来の木造住宅は、数百年以上の歴史の中で様々な検証に耐えてきたと思います。が、しかし、戦後半世紀で状況が大きく変わってしまったのではと考えます。 終戦直後は、おそらく雨露をしのげるだけで十分だった人々の生活が、時代とともに向上し始め、水道.電気.ガスが必須条件として住宅に取り入れられ、やがてトイレの水洗化、また、一住宅一浴室が普通となり、今日では大半の住宅が冷暖房機器があたりまえの生活になっています。 ところが、人々が知らぬ間にとんでもない事が起こり始めました。 昭和30年代頃までは、主流だった伝統工法はたいへん換気性がよく、また、吸放湿性にも優れていました。つまり、締め切った状態でも隙間だらけの家だったこと、それに自然素材(壁土、無垢の柱.板材.建具、畳など)が多く使われていたために吸放湿性も高く、日本の風土に合致した造りになっていました。 しかし、昭和40年代頃からは、プレハブ業界(現在のハウスメーカー)が参入し、そして均一化された工場大量生産の住宅を全国着工ベースの戸数で競うようになり、時を同じくしてアルミサッシ、新建材(内外装)の普及が進んだことで、住宅の気密性が高まり、吸放湿性が失われた住宅作りが全国的に行われていきました。 そして、昭和50年代頃からは、右肩上がりの経済にのってプレハブ業界(現在のハウスメーカー)のシェアは大きく拡大されるとともに住宅には冷暖房機器が普及し、やがて常識となり今日に至ることで、日本の住宅の多くは巨大な結露製造器と変わってきてしまったと思われます。 ダニ、カビ、白アリそして、木を痛める腐朽菌までもが繁殖する条件を整えてしまったのです。 ある意味では、日本の戦後の経済力と人々の生活水準の向上が多くの住宅寿命を縮めてしまったともとれますが、一つには、戦後台頭した今日の住宅業界が地道な企業努力を怠ってきた結果、業界のかなり多くの部分が古くなりすぎ、人々の生活向上にそった家づくりが出来なかったからではないでしょうか。戦後50年以上が経過し、この間に溜まった垢があらゆる組織(政治、官僚、金融、教育等)と同じく住宅業界にもこびりつき、現在の社会生活にうまく合致しなくなってきたのではないかと思うのです。 高温多湿な時期が長い日本では、家は古来より「夏を旨」として造られてきました。余分な日射や雨を防ぐ深い軒、室内と構造体に通風.通気を図ることなど、住環境を自然の内で良くするだけではなく、木造を腐りから守る機能をもってきました。(伝統工法で開放型のいいところです。) しかし、昭和40年代頃から気密が高まり始めた住宅づくりは、高気密.高断熱.次世代省エネルギー住宅が合言葉になろうとする現在に至り、住宅業界の大半で「冬が長く厳しい北欧.北米型“いかに熱を逃さないか”と、夏の事をあまり考えなくても良い魔法瓶構造の家づくり」が普及し加速化しております。 大事なことは、そのなかに知らぬまま、知らされぬまま結露という水もれのする冬型魔法瓶構造の家が多く含まれているということです。 加速化する高気密.高断熱の家づくりの指向では、大量生産する為には内断熱
(柱と柱の間を断熱) 工法が今後も主流とならざるおえないでしょうし、さらに安値に仕上げる為には、グラスウールをより厚くし、ビニールを巻くという手法の冬型魔法瓶構造の家づくりがなされてしまいます。 また、上記の国土交通相の指定した住宅性能評価機関は、国土交通省の意図のもとに作られた新たな外郭団体でありながら、大手住宅メーカーが軒並み資本出資をしています。大量生産住宅を販売する大手住宅メーカーが、自ら作った評価機関で評価をし「任意制度」と称して、お客様に多額の費用を要求する。「性能表示」の利用は家づくりを工業化し、画一化、均一化するほどしやすくなり、さらに自動車業界のように「型式性能認定」条項を設けて大量生産販売のつくり手にとっては都合がよい配慮がなされています。建設省も、それを十分承知のうえで、工務店にしか出来ない「根元的な住み心地」を大切とする家づくりを「性能表示」という掲示板上でランク付けし、大量生産販売の家づくりと比較させることで、“消費者の利益になる”と言います。 消費者保護という大義名文の下に「品確法」がつくられたとされていますが、「性能表示」に見られるように、どこまでいってもお客様の名を借りて大手ハウスメーカーが保護される。 私どもの住宅産業もまったく同じで、国内需要を喚起するものと位置付けされ、景気のバロメーターとして公共事業とともに保護され続けてきたために、住宅業界全体が地道な企業努力を怠ってきた結果、かなりの部分が古くなりすぎたのだと思います。 代表取締役 近藤元和
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